概要
スマホアプリを用いて、利用者様の日常の写真や動画を遠方のご家族と共有したケア事例。ケアの様子をご家族と共有した結果、ご家族がより密に関われるようになった取り組みです。面会の頻度も増え、ご家族がケアに参加したり、積極的にケアの提案をしたことで、利用者様の残された時間を充実させることができました。
この記事で学べること・
本事例のポイント
- 遠方家族とのコミュニケーションにおける写真・動画共有アプリの活用方法
- 家族が利用者と触れ合う時間を増やせるノウハウ
- 家族の心残りを解消する手立てを考え、サポートするという視点
目次
介入事例
登場人物:ご利用者様・担当者
88歳、女性。娘は遠方に居住。2008年にパーキンソン病を、2015年に認知症を発症。夫もパーキンソン病を患っており、夫婦で同じサービス付き高齢者住宅(サ高住)の別室に入居していた。2021年4月に夫が逝去。同年7月に肺炎・尿路感染により入院するが、退院後は住み慣れたサ高住に戻り、残された時間を過ごす。2021年9月、施設にて逝去。
国立病院4年の勤務を経て、2020年株式会社デザインケア入職。看護師として大切にしていることは、「日々のケアで利用者さんに寄り添うこと。利用者さんの最期を、家族と共に支えられる看護師を目指し、学びを深めています」。
背景:家族は遠方のため退院後は住み慣れた施設に
サービス付き高齢者住宅の同フロアの別室に長年夫婦で居住していたFさん夫婦。娘さんとお孫さんは別々に新幹線で2〜3時間の距離に住んでいた。2021年、パーキンソン病に罹患していた夫の体調が肺炎で急変し、施設で逝去する。そのとき、娘さんとお孫さんは「施設の人にはよくしてもらった」と感謝しつつ、コロナ禍もあって数カ月に1度くらいしか面会に来られていなかったことに心残りを感じているように見受けられた。その後Fさんが誤嚥性肺炎・尿路感染で入院。病状は安定したが、経口摂取が困難となったため、予後1〜2カ月と告げられる。住み慣れた施設や慣れ親しんだスタッフと最期を過ごしてほしいという家族の希望で、退院後は施設に戻ることになった。以降、みんなのかかりつけの訪問看護の介入が始まる。
希望:家族との交流を持ちながら、穏やかに施設で最期を迎えたい
夫を施設で看取ったこともあり、Fさんも体に負担のある治療を病院で受けることはせず、長年暮らしていた施設で慣れ親しんだスタッフに見守られながら、最期まで過ごしたいという希望があった。娘さんやお孫さんは、Fさんの夫が急変して亡くなったこともあり、それまであまり面会に来られていなかったことを心残りに思っているように感じられた。そのため、距離の問題はあるものの、Fさんに対して「何かしてあげたい、これまで以上に交流して、少しでも楽しい時間を持ってほしい」と願っていた。
ケア計画:体調確認、点滴、清潔ケアに加え、写真・動画共有アプリを導入
介入当初のケアプランは、体調確認での週1回の訪問だった。誤嚥性肺炎・尿路感染で入院し、退院した後は、体調確認のほかに点滴、吸引、清潔ケアのため、1日3回、毎日訪問することになった。予後1~2カ月という診断だったこともあり、遠方居住するご家族が、もっと面会に来ればよかったなどと後悔しないよう、一緒にFさんを見守る方法を考えることも重要なテーマだった。
経緯:本人の日常や看護師のケアの様子を撮影し、アプリで家族と共有
心残りを感じていた家族
介入前にFさんが入院したのは夫の逝去から3カ月後のことだった。その後、状態が落ち着いたため、本人と家族が希望していたように退院後は住み慣れた施設に戻ってきた。入院中は絶食で点滴管理をしていたが、退院後も嚥下が難しく、ジュースをお楽しみ程度に口にするくらいの状態だった。ほぼ寝たきりで、医師には予後1〜2カ月と告げられていた。初回訪問の後、三宅看護師は家族が心残りや申し訳なさを感じることがないように、また遠方でも最期までFさんを一緒に見守ることができた、と思ってもらうために何ができるかを考え、チームに相談する。そこで子育て中のスタッフに勧められたのが、写真や動画を家族と共有するアプリだった。離れた場所にいても、様子がリアルにわかれば家族との交流が増え、Fさんにとっても良い刺激になるのではと考えた。
Fさんの日常を毎日のように共有
早速娘さんとお孫さんにアプリ共有を提案すると、真っ先にお孫さんが「いいですね、やりましょう!」と快諾してくれ、娘さん、お孫さん、みんなのかかりつけ訪問介護ステーションの事業所メンバーとのアプリでの情報共有がスタートする。1日1回は写真や動画をアップしてもらうよう、担当の訪問看護師全員に依頼した。
アプリにアップロードしたのは日常のケアの様子。声かけをした時の反応、好きなジュースを口に含んだときの表情など。Fさんが1日をどう過ごしているかが伝わるし、家族には「こういうケアをすればいいんだ」「こんなことができるんだ」と実感してもらうこともできる。なかでも三宅看護師が力を入れたのが、Fさんの「五感」に働きかけるケア。例えば足浴や好きな香りのハンドクリームを使ってのマッサージなどは、身体的な心地よさをFさんにもたらし、気持ちよさそうな表情を見せてもらえるようになった。このケアが、家族が面会に来たときの良い見本となる。
またFさんはかつて人前に出る仕事をしていたことがあり、施設に入居してからもおしゃれや美容に気を配っていたので、肌の手入れをしているところやアクセサリーを選んでもらい、満足している様子などもアップロードした。
逆に娘さんやお孫さんからのメッセージ動画をFさんに見せることもあった。写真と違って動きや音声がある動画はFさんも興味を示し、しっかり目を開いて見入るなど、はっきりした反応を見せてくれた。 退院直後に面会に来たときは、「寝ているし、話しかけてもあまり目を開けてくれない」と娘さんは言っていたが、耳元でしっかり話しかける、焦らず返事を待つ、などの看護師のやり方を見て「そうすると目を開けてくれるんですね」「話してくれるんですね」と、自分でも実践するきっかけとなった。離れているときに限らず、アプリでの情報共有によってFさんと家族のコミュニケーションが取りやすくなった。

動画で様子を見た家族が、より積極的に関わるように
さまざまなケアの様子を見て、家族も「これなら私たちもしてあげられる」と、面会時に同じやり方を積極的に取り入れ、看護師に教わりながら、Fさんの手を取って優しくマッサージをするなどの五感ケアを一緒にするようになった。三宅看護師が提案したこと以外にも、「アルバムを持ってきたので、母に見せてあげたいです」「好きな音楽を聴かせたいです」など、進んでケアのアイデアを出してくれるようにもなる。アプリが双方向のコミュニケーションを高めるツールとなり、ケアの質がより高まったのだ。
「日頃から写真や動画を見られると、なんだか会いに行きたくなっちゃいます」と、家族が来る頻度も週1回から週2回、最後は2日おきにと増えていった。Fさんも家族が来たときは、表情も豊かになり交流を楽しんでいるのがよくわかった。離れているときも毎日、Fさんの様子がアプリにアップロードされ、家族からのメッセージもアプリで見てもらうことができる。父の時には、コロナ禍もあってあまり面会に来られなかったことに申し訳なさを感じているような印象も受けたが、今回は短い間ながら、密な関わりを持てたFさんと家族。そういう時間を共有しながら、約1か月後、Fさんは最期は施設で穏やかに逝去した。

振り返り:アプリの共有で家族との交流が増え、本人の時間も充実したものに
遠方で暮らす家族が看取りの後に感じているように見えた、なかなか面会に来られない申し訳なさを、どのように改善していくか。そのためにどんな工夫ができるかを考えて行動した三宅看護師。アプリでFさんの様子を共有することで、ケアについてのやり取りや、実際の面会が増えるなど、より良いコミュニケーションが取れるようになった。「ケアマネや医師に日頃報告するように、会えないご家族への状況報告も大切だと感じました。また日頃会えないご家族だからこそ、会えた際にはケアに参加していただくことで、申し訳なさの軽減ができる一面もあったと思います」。Fさんにとっても家族と触れ合う機会が増え、残された時間を充実したものにすることができた。
Fさんのほかにも、日中家族が不在だったり、利用者が施設を利用していたりする家族には、同意を得た上でアプリを活用しているという三宅看護師。日勤帯以外は返事ができない点の了解さえ得ておけば、利用者の様子を写真や動画で家族と共有でき、家族が不安に感じていることも把握できるコミュニケーションツールになれるのがアプリの良い点だという。「この学びを活かして様々な利用者様と家族をつなげられる役割を担っていきたいです」(三宅看護師)。
利用者様・ご家族の声
「本当に最高のケアスタッフの方々がいつもいてくださって、私も母も本当に幸運でした」
「最期まで、なんか母らしい最期になったんではないかな、とても感謝してます」
(娘様)
まとめ
(この症例のポイント)
- 家族が遠方にいて利用者と頻回に会えないとき、写真・動画共有アプリがコミュニケーションの大きなサポートになる
- 家族でも実行可能なケアを取り入れることで、ケアに参加ができ、利用者と触れ合う時間が増やせる
- これまでの介護や看取りの経験で家族に心残りがあったことがわかれば、それを解消する手立てを考え、サポートする
考察
医療職向け 症例からの学びポイントと解説
本症例は、終末期にある利用者様と、物理的に離れて暮らさざるを得ないご家族との間に生じる「距離」と「心の負い目」に対し、ICTツール(写真・動画共有アプリ)を媒介として、看護師が「絆の再構築」を支援した、新しい時代のターミナルケアの実践です。
1.ケアの対象としての「家族の心残り(グリーフ)」
本症例における介入の真の対象は、利用者様本人だけでなく、ご家族の「父親の最期に十分に関われなかった」という心残り(未解決の悲嘆)」でした。この家族の心情を推察してケアの対象として明確に設定し、その解消を目指したことが、本実践の最も重要な点です。物理的な距離がある中で、ご家族が「できる範囲で関われている」という肯定感と、ケアへの参加実感を持てるよう支援すること。それは、利用者様本人のQOL向上と同時に、残されるご家族への予防的グリーフケアとしても、極めて大きな意味を持ちます。
2.ICTが可能にする「バーチャルなケア参加」と関係性の再構築
写真・動画共有アプリは、状況報告ツール機能だけではありませんでした。それは、遠方の家族がケアの現場に「バーチャルに参加」するためのプラットフォームとして機能しました。足浴の様子や好きなジュースを味わう表情がリアルタイムで共有されることで、ご家族は単なる傍観者から、その瞬間を共にする当事者へと変わりました。コメントや「いいね!」機能による双方向のやり取りは、希薄化しかけていた家族の絆を再構築し、ご家族がケアのアイデアを提案するなど、主体的な関わりを引き出す強力な触媒となりました。
3.ICTと「五感ケア」の相乗効果
本実践の巧みさは、ICTというデジタルな介入と、「五感ケア」という極めて人間的なアナログ介入を組み合わせた点にあります。好きな香りのハンドクリームを使ったケアの様子を動画で共有する。これにより、ご家族は物理的には離れていながらも、その場の温かい雰囲気や心地よさを感覚的に共有することが可能になります。ICTがケアの「文脈」を伝え、五感ケアがその「実感」を生み出す。この二つのアプローチの相乗効果が、利用者様とご家族の「より良い時間」を創造する上で、決定的な役割を果たしました。
※エピソードは実話に基づいていますが、個人情報やプライバシーに配慮して一部内容を変更している場合があります。
取材・文/清水真保



