概要
在宅医療と看取りにおいて、家族の希望と医師の見解が一致しない場合、ファシリテーターとしてどう動くかのヒントになる事例を紹介します。「好きなものを食べさせ、家で過ごさせてあげたい」けれど、「(入院し治療を続けて)少しでも長生きしてほしい」と葛藤する家族。「家で看取るのは無理」という医師。そんな状況下で、訪問看護師とチームが専門的な立場で家族に寄り添い、医師との間に立って環境を整え、ご本人と家族が望む最期を迎えることができました。
※ACP:アドバンス・ケア・プランニング(Advance Care Planning)の略。もしものときのために、自分が希望する医療やケアについて前もって考え、家族や医療・介護従事者と繰り返し話し合い、共有する取り組みのこと
この記事で学べること・
本事例のポイント
- 想いの間で気持ちが揺れた場合の受け止め方と対処方法
- 利用者と医師や病院との間で、尊厳ある意思決定を支える役割のあり方
- 最期を迎えるまでの過程を具体的に伝えることで家族の不安を和らげるプロセス
目次
介入事例
登場人物:ご利用者様・担当者

76歳、男性。妻と二人暮らし。パーキンソン病と診断されてから15年が経ち、幻覚や幻聴の出現があった。褥瘡のケアも必要な状態で糖尿病も抱えていたほか、誤嚥性肺炎や尿路感染を繰り返していた。

看護師。消滅可能性都市を管轄する田舎病院で勤務。その後前橋市にある中核病院を経て訪問看護へ転向。2022年より株式会社デザインケアに入職。訪問看護歴3年。看護師として「人生の最期を幸せに、尊厳ある生活を支援したい」「家に帰りたいと思う人が家に帰れる社会」を実現したいという想いで活動中。
背景:妻との暮らしを楽しんでいたが、病状悪化で入院となり退院が困難に
宮本清一さんはパーキンソン病に罹患してから15年ほど経過し、妻の良子さんや愛犬と仲睦まじく暮らしていた。普段から来客も多く、行事やイベントなどで人がよく集まる家庭で、良子さんの手料理を食べることを楽しんでいた。しかしパーキンソン病がヤール分類Ⅴに進行し、幻覚・幻聴の症状が出現。褥瘡形成し、嚥下機能の低下による誤嚥性肺炎や、尿路感染も繰り返すようになる。糖尿病に罹患していたこともあり、医師から飲水・食事の指導を受けていたが、良子さんは本人の好きなものを食べさせたいという思いが強く、本人の嗜好に沿った支援が続けられていた。そのため、医師は病状の安定に向けた食事指導と本人・家族の希望の両立について苦慮していた。そんな生活のなか、誤嚥性肺炎が悪化し緊急入院となってしまう。その際、良子さんはこのまま夫が亡くなるのではないかという不安でいっぱいになった。家で一緒に過ごしたいという思いも強かったが、搬送時に医師に「なるべくしてなったんだよ。家に帰ってきても同じことの繰り返しになるから、もう家に帰れないと思ってください」と言われたことで、どうすればいいかわからなくなってしまっていた。
希望:「少しでも長く、家で一緒に過ごしたい」という妻の願い
15年もの間、パーキンソン病と闘ってきた宮本清一さん。妻の良子さんは自宅で仕立物教室を主宰しており、生徒や親族、友人たちが集まって行う味噌づくりなどのイベントを清一さんと一緒に楽しんでいた。良子さんの望みは「好きなものを食べてほしい」「動けるうちに楽しい時間を、家の中でも外でも作ってあげたい」ということ。清一さんも自力で座ることもできない状態の中、装置の助けを借りて車椅子に移乗し、良子さんの手料理を味わったり、剣道の経験を活かして竹刀の素振りでリハビリをするなどしながら、良子さんや愛犬と仲睦まじい生活を送っていた。パーキンソン病が進行し、清一さんが自分の意志をはっきり看護師に示すことは難しくなっていたが、長年連れ添ってお互いをよく理解していた良子さんの希望が二人の希望でもあり、それは「少しでも長く、家で一緒に過ごしたい」というものだった。

ケア計画:「食べたいものを食べて過ごす」という本人・家族の生きる希望を支援する
介入当初は主に褥瘡措置として週1〜2回のペースで訪問看護が介入。活動性を維持したいとの理由で、3〜4カ月後に訪問リハ週1〜2回が追加となる。多少の発熱であれば経過観察の指示があり、大好きな食事ができるように食事形態を工夫しながら生活支援をしていた。常に誤嚥性肺炎のリスクが存在しているため、看護師として好きなものを食べさせたいという気持ちと、誤嚥性肺炎の予防をどうするかという葛藤があった。
経緯:医師の診断と本人・家族の希望をどう擦り合わせるか
徐々に増していく介護負担。食事指導もより厳しく
清一さんの訪問看護は、もともと別の訪問介護ステーションが担当していた。しかし、清一さんが発熱などで体調を崩すと、良子さんが心配のあまり夜間でも医師に電話連絡することもあり、「24時間対応できるところの方が安心だろう」という主治医の判断で、みんなのかかりつけ訪問看護ステーションが介入することになった。その時点で、清一さんのパーキンソン病はホール・ヤール分類 Vに進行しており、自力で座ることができない状態だった。剣道6段で師範まで取得しただけあって大柄な体格だったため、車椅子移乗にも介護用リフトの使用が不可欠で、介助中に転落して額を縫う怪我をしたこともあった。褥瘡も悪化しケアが必要になっており、妄想や幻覚・幻聴も出現。また嚥下機能の低下から誤嚥性肺炎を発症しやすく、脱水から尿路感染症も繰り返しており、良子さんの介護負担もだんだん大きくなっていた。以前から糖尿病の食事指導は受けていたが、「(誤嚥性肺炎を防ぐため)食べ物に気をつけてください」「水分をしっかり摂ってください」など、食事に関する指導もより厳しくなっていった。
「食べることが生きがいだから」
良子さんは食事指導について理解はしていたものの、「この人は食べるのが好きだから」「一緒に食べる時間を大切にしたいから」と、一緒に好きなものをつい食べてしまう。清一さんの「良子、アイスが食べたい」「まんじゅうが食べたい」に応えたり、「パパ、何が食べたい?」と良子さんがリクエストを聞いたり。医師には繰り返し注意されていたのだが、頭では理解していても、食べることが清一さんの生きがいであることをよく知っていた良子さん。「食べなくなったらもう終わり」だから「まだこの人は食べられるのよ」と思いたい一心で、食事を介助していた。
食事管理を含め、良子さんの負担は大きいようにも見えたが、介護生活が長かったこともあり、口では「大変」と言っていても、自分の生活や趣味も大切にしながらうまく介護をしている印象を受けたと神戸看護師は話す。「お二人で一緒に過ごすことをとても大切にしていて。楽しみながらとまでは言えませんが、介護とは上手に付き合っていたと思います」。そんな姿を見て、今のうちに夫婦で楽しい時間を過ごしてもらおうと、近所の喫茶店に神戸看護師らが付き添って出かけたこともあった。

緊急搬送で入院、二律背反のジレンマ
37度くらいの発熱は日常的なことだったが、介入から11カ月後のある日、39度台の熱が出てしまった。主治医の指示で点滴を数日続けたが、だんだん酸素化が悪く(酸素を十分に血液に取り込めず、体内に運ばれる酸素が不足する状態に)なり、意識も遠のき始める。緊急往診で主治医が診た際、「これはなるべくしてなった急変。同じことの繰り返しになる可能性が高いので、もう家には帰ってくるのは難しいと思ってください」と強調して伝えられ、病院に緊急搬送される。良子さんは「このままでは夫が死んでしまう」という恐怖を覚え、緊急搬送に同意する。「まだ76歳、長生きしてほしい」と願うのは当然だが、家に帰れないと言われたことには葛藤があった。入院してそのままになってしまったら、住み慣れた家で、家族に囲まれて生活したいという希望は叶えられない。けれど、もし帰れたとしても介護負担にも不安が残る。良子さんはどうすればいいのかわからず、混乱の中にあった。
現状を理解してもらい、希望を確認
「ご家族は不安だろうな」。緊急搬送された状況を聞いた神戸看護師はまずそう感じた。このままでは後悔してしまうかもしれない。「心が動くのは大きな出来事が起きたとき。今すぐ行動しないといけない」と神戸看護師は決意。納得できる意思決定支援をしたいと思い行動した。
まず必要なのは家族の意思の確認だ。緊急搬送されたのは土曜日だが、月曜日には良子さんを訪問し、現状を理解してもらうために、なぜ主治医に「家に帰れない」と言われたのかの背景と、病状説明で想定される内容を伝えた。そして「家に帰っても、発熱や意識の混濁、血圧が測れなくなることも起こり得るが、それは今の段階では自然なこと」で、「それでも帰したいという気持ちがあるなら、私たちは全力でサポートしますし、そのための準備もします」ということを告げる。良子さんの気持ちも揺れ動いていた。「一応ね、家に連れて帰ってくる方向で考えてるの。でもね、今度は無理だって言われているからね。大変かなぁって、不安もあります。飲み込みがね、食べられなくなっちゃえば痩せちゃうだけだしね。水分は1000mlは最低飲んでくれって言われているけど、3口でむせちゃうような状態だから、それも(食べることも)難しくなるのかなって…。あの人、唯一食べるのが好きだから。(病院に)連れてっちゃえばね。食事は準備してくれるし、寝てるだけで済むし。でも、本人は帰りたいと思ってると思うのよね」と。神戸看護師は良子さんに寄り添って、どうしたいのかをじっくり聞き、最終的に「一度は家に連れて帰りたい」という結論に至った。
意思を医師やチームと共有し、退院
「家に連れて帰って一緒に過ごしたい」という希望は当事者である家族が医師に話さなければならない。思いをきちんと伝えられるよう、神戸看護師は良子さんの気持ちをじっくり聞いて、話を整理する手助けをした。またケアマネージャーも含めたケアチームで入院先の医師に伝える内容を話し合い、その日のうちに議事録としてまとめ、主治医にも提出。翌日、主治医と良子さんが面談を行い、無事に希望を話すことができた。その後、再度担当者会議を実施し、そこで決まったサポート体制などを直接主治医に伝えたところ、「よし、わかった。好きにさせよう。もう甘いものでも、餅でもなんでも、好きなものを食べてもらおう」と快諾。ご本人と奥様の想いを最優先にしたケアに指針が統一され、自宅で看取る総意をチーム全体で固めることができた。
退院が決まったところで、自宅での看取りを前提とした家族への説明を行う。「どんな形で(最期を)迎えるかが分からないと怖い」という良子さんに、どういう過程を辿るのかを段階的に細かく伝えた。また、その過程に苦痛は伴わないことも理解してもらい、良子さんの予期悲嘆に寄り添った。
家に帰ってからの清一さんは、以前より一口大の大きさは変えたものの、入院前と同じような食生活を継続。良子さんの作った餅を食べたりビールを飲んだりしながら穏やかに過ごし、大勢の家族に付き添われて、退院から約2カ月後、住み慣れた家で逝去した。

振り返り:大切なファシリテーターとしての役割
入院してしまうと介入が中断され、本人、家族、主治医の想いを確認しづらくなってしまうのはよくあること。もちろんケースにもよるが、家族と本人をよく知っている訪問看護師が、こういった場合にファシリテーター(中立的な立場で問題の解決を促す役割)になれることがある。入院後の意志の確認を入院先に一任するのではなく、訪問看護師が医師を含めた多職種とファシリテーションすることで、本人と家族が遠慮したり、その場の雰囲気に流されることなく、主体的に意思決定する手助けになるだろう。「入院というイベントが起きた時こそ心が動くタイミングで、ご家族が意思決定をするチャンスなのだと学びました。その際、多職種とご家族のファシリテーターとしての役割を果たせたことが、結果として、他者が方針を決めつけないようにすることにも通ずると感じました」(神戸看護師)。
ご利用者様・ご家族の声
「本当にお世話になりました。皆様がいてくれたお陰で家で過ごすことができました。ありがとうございました。ほんと神戸さんの言われる通りだったね。私たちはね。そういうこと分からないから心配なのよね。すっごく助かった。どんな形で(最期を)迎えるか、分からないと怖いがありますよね。
ほんと私たちじゃできないから助かりましたよ。今はね、いただいた時間だなって思って、マイペースでやっていけるかなって思います。(命日は)ほんと不思議。連絡した訳じゃないのにみんなが集まってね。みんなに囲まれてたんだもんね。幸せだったよね。家に連れて帰って来て本当によかったですよ。心のどこかでは分かっていてもゴールデンウィークまで持つかな?って思ってたけど、あれが寿命だったのよね。11月の時にもうダメだって話してたんだもんね。それからちょうど退院して3カ月。(愛犬の)官兵衛もね、分かったみたいですよ。先生が来てね、官兵衛を抱っこして、官兵衛がジーっとパパのこと見ててね…
先生が「うん。大丈夫。この子も分かったみたい」って言ってね。あの後もパパと一緒の部屋で普通に寝てね。犬も理解してるんだよね。家族なんだよね。ありがとうね。本当に助かった。本当に連れて帰ってきてよかった。ありがとうございました。
(妻・良子様)

まとめ
(この症例のポイント)
- 「長く生きてほしい」と「その人らしくあってほしい」の狭間で家族が悩むのは自然なことである
- 訪問看護師は家族の味方となり、医師や病院との交渉を助ける役割を担うこともできる
- 穏やかな最期を迎える具体的な過程を訪問看護師から聞くことで、不安を大きく和らぐこともある
考察
医療職向け 症例からの学びポイントと解説
本症例は、医師による医学的判断(キュア)と、家族の「家に帰したい」という切実な願い(ケア)が相反する状況下で、訪問看護師がACP(アドバンス・ケア・プランニング)のファシリテーターとして介入し、関係者全員の納得解を導き出した実践です。このプロセスは、特に医療者と家族の意思決定支援において、専門職が果たす役割を示しています。
1.キュアの限界とケアの相反を仲介する専門職の役割
主治医の「家にはもう戻れない」という判断は、誤嚥性肺炎等の再発予防という医学的判断(キュア)に基づくものです。一方で、家族の「好きなものを食べさせたい」という願いは、生活の質(ケア)を最優先するものです。このキュアとケアの相反に対し、訪問看護師が中立的なファシリテーターとして介入し、双方の視点を尊重しながら対話を促す役割が極めて重要です。特に、医学的には推奨されない選択(嗜好に合わせた食生活)が、本人の生きる力や喜びに繋がり、倫理的配慮をチームで検討した上で最善のケアとなる場合がある、という視座をチームで共有することが求められます。
2.「入院」という危機的状況こそがACP介入の好機である
患者・家族の心が最も揺れ動き、意思決定の必要性が高まる「入院」というイベントのタイミングを逃さず、訪問看護師が積極的に関わりを持つことの重要性を本症例は示しています。「入院は意思決定の準備状態」と捉え、退院後の介入では手遅れになりかねないという危機意識を持つことが重要です。看護師は、混乱する家族の「交渉代理人」であり「味方」として、その思いを整理し、専門的視点から医学と対話する手助けをすることで、家族が主体的に意思決定できるよう支援します。
3. 予期悲嘆を緩和するための「死のプロセス」の具体化
家族は、死そのものよりも「苦しみながら死ぬこと」を恐れています。本症例の看護師が実践したように、死に至る過程を段階的に、かつ具体的に説明し、症状緩和によって「苦痛を伴わない穏やかな過程を辿れる」という見通しを伝えることは、家族の予期悲嘆を和らげ、在宅で看取る覚悟を固めるための決定的な心理教育的アプローチです。これにより、家族は未知への恐怖を緩和し、残された時間を穏やかに過ごすことに集中できるようになります。
※エピソードは実話に基づいていますが、個人情報やプライバシーに配慮して一部内容を変更している場合があります。
取材・文/清水真保



