訪問看護事例:CASE 8
投稿日:2025年10月22日

要介護者と介護者の双方を支え、在宅での共倒れを防ぐアプローチ

~夫婦がいつまでも二人三脚で歩めるように~

概要

入院をきっかけに急激に衰えてしまった80代の男性と、その介護で疲弊する妻に対し、ケアチームが橋渡しをすることで、二人が前向きに暮らせるよう支援した事例。思うように動けず反応も乏しくなっていく利用者様と、元気だった頃の夫の姿を追い求めるあまり、つい辛く当たってしまう妻。訪問看護師は利用様を支えると同時に、妻に対しても積極的に関わることで、二人にとってより良い解決策を見出した取り組みです。

この記事で学べること・
本事例のポイント

  • 言葉にならない感情のサインを見逃さず、チームで共有して次の行動に繋げる方法
  • 環境を変えることで心も体も元気になることがあるというノウハウ
  • 看護師が「翻訳家」となって、穏やかな関係を築けるようサポートする技術

介入事例

登場人物:ご利用者様・担当者

Tさん(写真左)

84歳男性。穏やかな性格で「寡黙な昭和の父親」という印象で、しっかり者の妻と二人暮らし。多発性骨髄腫末期で、慢性心不全と慢性腎不全の持病があり、ここ数年は認知症の症状も認められる。長年、東京の下町で理髪店を営んできた。

寺﨑譲/担当者・看護師

2008年より聖路加国際病院と厚労省での勤務を経て、2020年より株式会社デザインケア入職。2023年6月より東京都訪問看護ステーション協会推進委員。「利用者様の思いを尊重し、限られた人生を一歩ずつ歩めるようサポートしたい」という思いで日々ケアと向き合う。

背景:余生を楽しみにしていたのに…突然の入院と介護生活の始まり

Tさん夫妻は二人暮らし。二人の息子は幼少期から障害のため施設に入所しており、長男はすでに他界しているが、以前はTさんの運転する車で息子たちの面会に出かけることもしばしばあったという。理髪店の店主として人生を重ねてきたTさんは、妻と一緒に理髪店を切り盛りしながら地域活動にも参加し、町内では顔の広い存在だった。余生を妻と旅行しながら過ごすことを楽しみに、そろそろ引退しようと考えていた矢先、80歳の時に多発性骨髄腫による病的骨折のため入院となってしまう。退院後からみんなのかかりつけ訪問看護ステーションの介入が始まる。当初は化学療法のため通院していたが、胆管炎や誤嚥性肺炎で入退院を繰り返すうちにADLが低下、通院困難となってしまう。食事や排泄の介助が必要になり、認知機能の低下によって意思表出が乏しくなると、妻は理想(元のように自分でなんでもできる姿)と現実の乖離にストレスを感じ、苦しむようになる。献身的に介護をしながらも、ちょっとしたことでついTさんに辛く当たってしまう、という場面が見られるようになっていた。

※ADL:日常生活動作(Activities of Daily Living)の略で、日常生活を送る上で必要となる基本的な動作のこと

希望:「家族に任せる」という言葉に隠れていた「自宅で過ごしたい」本心

Tさんが自発的に言葉を発することは少なくなっていたが、介助の最中に交わす何気ない会話や表情、小さな反応から「住み慣れた自宅で、これまでのように穏やかに過ごしたい」という思いがにじんでいた。一方で、妻は「夫に再び元気を取り戻してほしい。食事や排泄は自力でできるようになってほしい」と願っていることが、その言動から明らかであった。寺﨑をはじめとする訪問看護スタッフには、夫婦それぞれの希望がずれているように感じた。

ケア計画:本人を支えるだけでなく、介護者である妻にも積極的に関わる

2020年8月の介入当初、体調管理と服薬管理、入浴介助、ADL維持向上を目的に、週2回の訪問看護と週1回の訪問リハビリが入ることになり、寺﨑看護師を含む看護師3名と理学療法士1名のスタッフがTさんを支えることになった。そして、妻の介護負担を軽減するため、2021年1月からは週1回デイサービスの利用を開始。しかし、Tさんの認知機能とADLの低下が進むにつれて妻の介護負担が増していき、もともと仲の良かった夫婦の間に気持ちの行き違いが生じてしまう。「Tさんの反応に改善が見られれば、妻にとっては介護のやりがいにつながり、二人の間の溝を埋める足掛かりになるのではないか」。そう考えた寺﨑看護師は、Tさんのポジティブな感情に着目して反応を引き出す工夫をチームで実践することにした。同時に、ケアする中で把握できたTさんの思いを代弁して妻に伝え、分かりやすくTさんの病状説明をするなどした。ケアチームが夫婦のどちらかに偏ることなく客観的な立場を保つために常に地域包括センターとも連携を図り、二人揃って穏やかな暮らしを取り戻せるようサポートするケアを目指した。

▲家の中で妻に散髪してもらうTさん。二人は一緒に理髪店を切り盛りしてきた

経緯:Tさんの感情を呼び覚ます試みを重ね、夫婦で前向きに歩めるように

入退院を繰り返して衰えていく夫を、全力で介護する妻

訪問看護がスタートした2020年8月当時のTさんは80歳。年齢相応の認知機能の低下は認められたものの、多発性骨髄腫の症状はほとんどなく、骨折部位の疼痛も経過とともにコントロールできていた。ところが、その後も数回の病的骨折、誤嚥性肺炎や胆管炎による入退院を繰り返すうちにADLは低下の一途をたどり、通院が困難となったこともあり化学療法は終了することになった。その後も数回の入院を経て、認知機能やADLはさらに低下、介入から約2年後には食事や排泄にも介助が必要になり、座っている時は車椅子を使用、居間に介護用ベッドを置いて、ほぼベッド上で生活する状態になった。

ずっと二人三脚で生きてきた妻はというと、入浴介助などのサポートを受けながらも、訪問看護の介入当初から全力でTさんの介護に当たっていた。ただ、寺﨑看護師は早い段階から「Tさんのケアと並行して、奥様へのアプローチが必要だ」と感じていた。というのも、妻は「病前の元気な夫に戻ってほしい」という思いが強いあまり、いずれ気持ちに余裕がなくなるのではないかと危惧したからだ。

理想と現実の乖離に苦しむ妻を理解し支えるケアチーム

主にベッド上で生活するようになると、どうしてもADLの低下や認知症は進んでしまう。疼痛コントロールのための薬の影響もあり、2023年8月ごろには、Tさんは日中でも目を閉じて過ごす時間が増え、看護師や理学療法士との会話も「そうだな」「まあね」といった短い返事に限られるようになった。食事介助や身の回りのケアなどの介護負担も増し、望む状況とどんどんかけ離れていくことに、妻は次第に心穏やかでいられなくなる。「食事を作っても『美味しい』の一言もない」「返事が返ってこない」と嘆き、些細なことでTさんにつらく当たってしまう妻に、どうアプローチすればいいか、寺﨑看護師は考えた。妻には、小さな変化に一喜一憂し、訪問時になんでも自分が受け応えをするなど、主観的に物事を捉える傾向が見られた。そこで、何かあったときにその都度「Tさんは今どんなお気持ちだと思いますか?」等、Tさんの立場に立って考える提案をケアチーム全員で実践することにした。

食事介助の際にTさんが食べ物を吐き出してしまった時など、「どうしてこんなこともできないの」と思わず手が出ることも何度かあった。こうした場合は客観的な判断が必要なため、地域包括センターの担当者も交えケアチームで話し合う。その結果、妻自身が「やってはいけないと分かっている」と自覚していたこともあり、これを「虐待」とは捉えなかった。むしろ「日常の夫婦のやりとりの延長」という共通認識のもと、妻の思考プロセスを理解して、ケアチームの全メンバーが同じスタンスで関わるようにした。すると、手を上げてしまった後には、後悔していることをスタッフに伝え、Tさんへの素直な思いを口にするなど、少しずつ妻の心が和らいでいく様子が見られた。

祭りの動画に「わっしょい」、食卓での食事に「おいしい」

訪問の際、ケアチームはTさんの思いを妻に伝える役目を担ってはいたが、Tさん自身がもう少し感情や思考を表出できるようになれば、妻のストレスも減り、Tさんをサポートしやすくなるはずだと、寺﨑看護師は常々考えていた。感情を呼び覚ますために、Tさんの「楽しい」「嬉しい」というポジティブな気持ちを引き出したい。そんな思いでケアにあたっていた2024年8月のこと、Tさんの住む地域で、数年に一度の伝統的な祭りが開催された。「これはTさんも喜ぶかもしれない」と思い立った寺﨑看護師は祭りに足を運び、賑やかな祭りの様子を撮影してきた。次の訪問時にその時の神輿の動画をTさんに見せ、居合わせたみんなで「わっしょい、わっしょい」と声を掛けた。すると、いつも無表情だったTさんが目を見開き、手を叩きながら「わっしょい」声を出したのだ。その姿を見た妻は「やっぱりお祭りが好きなのね」と一言。長年活動してきた地域の一大イベントは、寺﨑看護師の予想以上にTさん自身の「好き」という気持ちを呼び起こしたようだった。

それからもTさんの反応を引き出すべく、日常の中に刺激になることはないかとケアチームで話し合った。「なるべく座位の時間を増やす工夫をする」「ベッドではなく食卓で食事をする」などの提案がされ、早速実行に移すことになった。ある日、寺﨑看護師は理学療法士と訪問時間を合わせ、ベッドから車椅子に移乗して食卓についた。ベッドでは目を閉じで食べていたTさんが、食卓につくとまぶたを開いて食事を口にし「うまいよ」と言ったのだった。

▲訪問時に行ったみんなでアイスを食べる「アイス会」。Tさんの感情を刺激するためと、介護の日常のなかに少しでも笑顔を、という目的だ

Tさんの口数が増え、妻の気持ちも前向きに変化

自宅でのリハビリと、デイサービスの利用を続けるうち、Tさんの体力が回復してきたことが確認されたため、2024年6月のある日、車椅子で商店街へ出かけてみることになった。Tさんにとって実に3年ぶりの商店街散策だ。そこでは昔からの顔馴染みと出会い、笑顔で談笑する姿も見られた。その様子に妻は安堵し、同行したスタッフも、地域の人とのつながりが生きる力につながることを実感した。

また、施設に入所している息子が久々に帰宅することを妻が告げると、Tさんは突然、大きな声で何度か息子の名前を呼んだという。普段ほとんど言葉を発しない夫から息子の名前が飛び出したことが、妻にとっては何よりの喜びだったようで「こんなに大きな声で息子の名前を言えるなんて」と感激した様子で訪問スタッフに報告した。これを聞いたスタッフは、Tさんと妻の思いを形にしようと、帰宅する息子を迎えるためのウェルカムボード作りを提案、一緒に作成した。

それでも、Tさんが誤嚥性肺炎などを起こして入院した場合、病院のスタッフには「Tさんは自力で何もできない患者」と捉えられてしまう可能性がある。そこで、入院する時には訪問看護師が病棟へ出向き、Tさんの背景や日頃の様子について担当看護師に伝えた。さらに退院前カンファレンスでは、妻の負担が軽くなるよう配慮した計画を提案。そして退院時には、Tさん夫妻がこれからの時間を前向きに過ごせるよう、まっさらなアルバムを贈った。挑戦できた瞬間や、楽しかった時、嬉しかった時の写真を残し、二人に関わるすべての人が思いを共有できるようにするためだった。

こうした取り組みを重ねることで、Tさん自身の口数は増え、目を開けて過ごす時間も増えていった。看護師が帰り際に「また明日来るね」と告げると、「またよろしくね」と言って手を振り、その様子を妻が笑顔で見守る。そうした中で、妻自身も「二人でこういうことができるんじゃないかしら」など、次の目標を口にするようになった。そして、Tさんの体調が少し悪くなっても、不安になったりパニックになったりすることは少なくなった。こうして、現在も引き続き訪問看護のサポートを受けながら、Tさん夫妻は穏やかに毎日を過ごしている。

▲体調の良いときは車椅子で近所を散歩する
▲プレゼントしたアルバムには思い出の写真が日々増えていく

振り返り:本人の立場に立ち、代弁者としての役割を果たす

Tさん夫妻の関係は、もともと決して不仲ではなかった。ただ、Tさんの介護生活が始まると、妻が「病気をする前の元気な姿」を期待してしまうことで現実とのギャップに苦しみ、Tさんを追い詰めることになってしまっていた。このことを早い段階からキャッチしていたケアチームは、代弁者としてTさんの小さな声を拾い、気持ちを察して妻に伝えることで、二人の関係を再び歩調の合うものへと修復していった。寺﨑看護師は「代弁者の役割を担う時には、まず本人の立場に立ち、主観を交えずに相手に伝えることが大切」と振り返る。Tさんの感情を呼び覚ます工夫と、妻への理解を深める支援が、夫婦が再び二人三脚の歩みを取り戻すことにつながった。また、このケースに限らず、慎重な判断が必要とされる場面を想定し、常に地域包括センターと連携を図ることも重要だ。

▲日常から仲の良さがにじみ出ているお二人

まとめ
(この症例のポイント)

  • 言葉にならない感情のサインを見逃さず、チームで共有して次の行動に繋げる。本人の反応が乏しくなっても、好きだったお祭りの動画を見て声を出したり、手を叩いたりするように、心の中には「楽しい」「嬉しい」という感情が残っている。
  • 環境を変えると心も体も元気になる。ベッドで過ごす時間が長くても、食卓で食事をする、馴染みの場所を訪れるなど、環境の変化が本人の心と体を元気にすることがある。
  • 看護師が「翻訳家」として利用者の状態を正しく伝え、穏やかな関係を築けるようサポートする。「なぜ本人はこういう状態なのか」という家族の疑問に対し、看護師はじめ専門職は分かりやすく説明できる。

考察

医療職向け 症例からの学びポイントと解説

本症例は、疾患と認知機能の低下により意思表出が乏しくなった要介護者の利用者と、介護の理想と現実の乖離に苦しむ介護者の夫婦に対し、専門職チームが双方の関係性に介入することで共倒れを防いだ実践です。このプロセスは、在宅ケアにおけるケア対象の捉え方と、専門職の役割について重要な視点を提供します。

1.「個人」から「介護者を含むペア」へのケア対象の転換

在宅での長期療養において、ケア対象は利用者個人だけではありません。本症例のように、利用者と介護者が長年連れ添った夫婦である場合、両者は一つのペアとして相互に影響し合う、分かち難いケア単位となります。妻が抱える「元気だった頃の夫に戻ってほしい」という願いからくる悲嘆や葛藤は、利用者本人への辛い当たりという形で表出していました。チームは、妻の言動の背景にある深い苦悩をアセスメントし、妻自身をもケアの対象として捉えました。このケア単位の転換こそが、介入の成功の基盤となりました。

2.感情の断絶を繋ぐ「翻訳家」としての専門職の機能

利用者の認知機能低下と、妻の心理的ストレスは、夫婦間に深刻なコミュニケーションの断絶を生んでいました。この状況で、看護師は双方の思いを仲介する「翻訳家」としての機能を果たしました。 ・利用者の内的世界を妻へ翻訳: 反応が乏しい利用者の表情や仕草から「穏やかに過ごしたい」という思いを汲み取り、それを妻に伝えることで、妻が夫の現在の状態を理解する手助けをしました。 ・妻の言動の背景をチームへ翻訳: 妻の辛い当たりの背景にある「愛情ゆえの葛藤」をチームで共有し、非難するのではなく、共感的な関わりを続けるという統一した方針を立てました。 この双方向の翻訳作業が、すれ違っていた夫婦の心を再び繋ぐための橋渡しとなりました。

3.虐待が疑われる状況における、公的機関との連携責務

本症例においてチームは、妻の言動を、介護者の深い苦悩の表出と捉えましたが、このような判断をサービス提供チーム内のみで完結させることには、主観に偏るリスクが伴います。介護者による行為が支援を必要とする「葛藤の表出」なのか、介入が必要な「虐待」なのかの判断は極めて慎重を要します。本稿に詳述されているように、専門職としては地域包括支援センター等の公的機関に速やかに相談・連携し、客観的な視点での共同アセスメントを行うことが不可欠です。そのプロセスを経て支援方針を決定することが、利用者と介護者の双方を守り、ケアの倫理的正当性を担保することに繋がります。

4.感情表出を促すための意図的な環境介入

チームは、利用者の感情が動く状況を待つのではなく、それを意図的に創出するという、極めて能動的なアプローチを取りました。具体的には、「祭りの動画を見せる」「ベッドから食卓へ移動して食事をする」といった介入です。これらは利用者の過去の記憶や生活習慣に働きかけ、感情と意思表出を引き出すことを目的とした治療的介入です。この介入によって引き出された利用者の反応は、介護者である妻にとって何よりの肯定的フィードバックとなり、介護への意欲を取り戻すきっかけとなりました。

※エピソードは実話に基づいていますが、個人情報やプライバシーに配慮して一部内容を変更している場合があります。

取材・文/金田亜喜子

関連記事
  • TOP
  • ケア事例
  • 要介護者と介護者の双方を支え、在宅での共倒れを防ぐアプローチ