概要
一度崩れかけたご利用者様・ご家族と多職種の信頼関係を再構築するために、看護師が取り組んだ事例。長年在宅療養生活を続けてきた利用者様と娘様が、皮膚トラブルをきっかけに、それまでの暮らしを維持できなくなる危機に直面。訪問看護師が奔走した結果、解決に至ったケースを紹介します。皮膚トラブルが原因で、ご本人と介護する娘様が不眠となり、安心して在宅療養生活を続けることが困難な状況に。さらに、娘様と施設スタッフとのミスコミュニケーションも発覚。訪問看護師は皮膚のケア方法を模索するとともに、チーム全体の関係改善のために客観的な視点を持って策を講じました。
この記事で学べること・
本事例のポイント
- 客観的な視点で問題の本質を見極め、解決の糸口を探る手法
- 固定観念にとらわれないことの大切さ
- 利用者ファーストの意識と利用者・家族の納得の重要性
目次
介入事例
登場人物:ご利用者様・担当者
89歳女性。娘と二人暮らし。複数の既往歴があり、20年ほど前から入退院を繰り返しながら在宅療養を続けている。多職種から愛される「素敵なマダム」といったキャラクター。娘はフルタイム勤務だが、職場の近くに転居して介護と仕事を両立している。
看護師歴22年、訪問歴8年。東大阪病院に4年、大阪警察病院に10年の勤務を経て2018年、株式会社デザインケア入職。「その人の人生に寄り添う看護」がポリシーで、その人のこれまで人生を尊重し「どう生きたいか」「どんな時間過ごしたいか」を共に考えることが看護の原点。
背景:皮膚トラブルに端を発し、長年の在宅療養生活に黄信号
Yさんは2006年に胃がん・大腸がん・子宮がんの診断を受けてから、度重なる手術や入院を経て在宅療養へと移行した。2008年には術後合併症により左腹部(胃空腸)の瘻孔部に体外ドレーンが留置され、以後15年にわたり通院によって管理が続けられることになる。2019年9月にみんなのかかりつけ訪問看護ステーションが介入。2021年1月頃より、ドレーンからの排膿が増えてきたことで周囲の皮膚がただれてしまい、同居する娘さんと訪問看護師による毎日のスキンケアが始まった。同年3月にドレーンが抜けてしまったが、医師の判断によって再挿入は行わずに様子を見ることになり、そのままの状態で在宅でのケアが再スタート。ところが、腸液が皮膚に直接触れることで皮膚のただれが悪化し、Yさんは強いかゆみと痛みに苦しむようになった。在宅療養は献身的な娘さんの支えで続けられていたが、皮膚症状の悪化により夜間のガーゼ交換が頻回となり、母娘ともに不眠を訴えるようになった。また、Yさんは以前から不定期でショートステイを利用していたが、この頃、ステイ中のスキンケアをめぐり娘さんと施設スタッフとの間で行き違いが生じてしまう。そのため、Yさんは症状に苦しみ、娘さんは介護に疲れ、さらに主治医を含むチーム全体が疲弊し、お互いの信頼関係が揺らぐ事態となった。それはつまり、Yさん母娘の在宅療養生活が立ち行かなくなるかもしれないという危機を意味していた。
希望:「最期まで自宅で落ち着いた暮らしを続けたい」
長年の療養生活を続けるYさんも、その母を介護する娘さんも、できる限り自宅で落ち着いて暮らしたいと望んでいた。また、特定の果物や菓子を好むYさんには、なるべく好きなものを食べてほしいと希望していた娘さんは「母は食べるものにこだわりがあるし、やっぱり施設は無理よね」とも口にしていた。フルタイム勤務と介護を両立してきた彼女は、いつでも母の様子が見に来られるようにと、数年前に母娘で職場の近くに転居することを決断。実際、仕事中でも空き時間があれば母を世話するため帰宅するほどの献身ぶりで、この生活を維持するために訪問看護のサポートを受け、必要に応じてショートステイを利用してきた。Yさんの身体状況が悪化し、皮膚トラブルの増悪が見られるようになると、娘さんは、訪問看護師やショートステイ先のスタッフへ、これまでの経緯から洗浄と1日6回のガーゼ交換によるYさんの皮膚のケアを依頼した。それは、「なんとしても母の皮膚を治したい」という思いの現れであり、元気だった頃のおしゃれなマダムの母の姿を取り戻したいという気持ちも見てとれた。

ケア計画:皮膚トラブルのケア方法確立とミスコミュニケーションの解消
2012年12月に他の事業所による訪問看護がスタートした当初、シャワー浴介助や見守りなどのために訪問看護が週2回、訪問リハビリが週2回のペースで介入していた。その後、Yさんの状態に応じてケア内容や頻度が見直され、みんなのかかりつけ訪問看護ステーションが介入して3年目の2021年1月、体外ドレーン周囲の皮膚症状が悪化したために毎日2回のペースで看護師が訪問して創傷ケアとスキンケアを開始した。ここからはYさんの皮膚トラブルを改善することが、訪問看護の主要な目的となる。
同年3月にドレーンが抜けてしまい、さらに皮膚症状が増悪したため、入院等も視野に娘さんに意思確認したところ、在宅治療の継続を希望。在宅医に相談の上、訪問看護師が主体となって皮膚トラブルのケア内容を確立することになった。ところが1カ月を経ても症状の改善が見られず、娘さんとケアチームとの間に行き違いも生じてしまう。関係改善のためにもYさんの皮膚トラブル改善を急務と捉えた小野田看護師は、多職種のヒアリングと並行して介護負担を軽減するための適切なケア方法を探る。同時に娘さんとケアスタッフとの信頼回復を図った。
経緯:在宅療養生活を安心して続けるため、訪問看護師が全方位で舵取り
皮膚トラブルのため母娘とも不眠に悩まされる
Yさんは約15年前に胃がん・大腸がんの手術を受け、その際に左腹部に体外ドレーンが留置され、定期的な交換のため通院にて管理していた。2019年9月にみんなのかかりつけ訪問看護ステーションが介入した当初のYさんの状態は、自力で立つことが困難でほぼベッド上で生活しており、経口摂取が十分でない時には点滴による栄養管理を必要としていた。認知機能は年相応だったが、会話による意思疎通は難しく、ケアスタッフとのコミュニケーションはもっぱら娘さんとの間で交わされていた。何年もの間、献身的に母の介護を続けてきた娘さんは、特に介護負担を感じることもないように見受けられ、自身の職場近くの自宅で母と二人、落ち着いた暮らしを送っていた。2021年1月、Yさんのドレーンが自然に抜けてしまったが、再挿入されることなく、そのまま様子を見ることになった。当初より腸液が常に流出することによる皮膚トラブルは懸念されていたが、皮膚科医の指示によって軟膏が処方され、在宅でケアすることになった。しかし、皮膚の状態は悪化の一途をたどり、同年3月ごろ、Yさんは痛痒さから、娘さんは夜中のケアが続くことから、母娘2人とも不眠を訴えるようになった。
訪問看護師主導のケアでオイル療法を試行
このままでは共倒れになりかねないと感じた小野田看護師は、まず意思決定支援の場を設ける。Yさん母娘(実質的には娘さん)に「病院の皮膚科に通院して治療する」「自宅で在宅医と訪問看護のフォローを受けながら治す」という2つの選択肢を示し、どちらかを選択してもらうことにした。すると「訪看さんと先生を信頼しているから、在宅でお願いするわ」と娘さん。そこで、小野田看護師は在宅医に、この皮膚トラブルについては看護師主導でフォローしたいと願い出た。というのも、在宅医の訪問は月2回が標準なのだが、Yさんの皮膚トラブルがかなりのスピードで増悪していたため、2週間おきに薬を検討・変更するのでは間に合わないと考えたからだ。そのため、あらかじめ必要な薬を処方してもらった上で、看護師の判断で適宜調整しても良いか伺いを立てたのだ。これに対して在宅医は「看護師さんに任せます」と快諾、訪問看護主導でケアを進める体制が整った。
Yさんの皮膚トラブルは、従来の洗浄中心のケアでは改善が見られず、むしろ悪化する状況が続いていた。なんとかして治したいと小野田看護師は文献を当たり、赤ちゃんのおむつかぶれに対するオイル療法が効果的なのではないかと考えた。それはオイルの「汚れを浮かせる」「保湿する」「撥水する」という特長を生かしたケア方法で、ベビーオイルさえあればすぐに実践でき、ガーゼ交換のために夜中に何度も起きる必要がなくなるはずだ。2021年5月、娘さんにオイル療法を提案し、同意の上でオイル療法のケアを試してみたところ、5日ほど経過する頃には明らかに症状が軽くなっていった。最善策と思われていたこれまでの方法(洗浄による刺激)が新しい皮膚の形成を阻害していたのだった。こうして皮膚トラブルが改善したことにより、2カ月も続いていたYさんと娘さんの睡眠不足はようやく解消し、ケアチームも安堵した。

「全員がYさんをとても大切に思っている」
行き違いの原因の一つに、ショートステイから帰るたびにYさんの皮膚の状態が悪くなっていると娘さんが感じ、ショートステイ先のスタッフに不信感を抱いていたことがあった。自宅で試みたオイル療法をショートステイ中も実践できれば、皮膚症状が改善し、娘さんの不信感もなくなるだろうと考えた小野田看護師は、在宅医に直談判することにした。オイル療法のためには看護師の手が必要なのだが、そのため、指示書の内容を変更してもらう必要があったからだ。2021年6月、彼女は在宅医に「ショートステイ中に訪問看護が介入できれば、ケアを確立できるのです」と説明し指示書の変更を求めたところ、在宅医は提案を受け入れ、ショートステイ中に看護師が介入できる体制が整った。
以降、ショートステイ中にも在宅時と同じ内容でオイル療法の処置をしてもらい、帰宅時に皮膚状態の評価を行った。その結果、処置回数を意図的に減らしても悪化しないことが確認されたため、まだオイル療法に対して半信半疑だった娘さんも納得した。こうして本格的にオイル療法が確立したことで、これまでガーゼ代にかかっていた費用も削減でき、何より介護負担が大幅に軽減された。このことは、結果的に娘さんと施設との関係改善にもつながった。ショートステイから帰ってくるとYさんの皮膚症状が改善していることに加え、小野田看護師が「ショートステイ中に、先方のみなさんが一生懸命ケアしてくれたおかげですね」と繰り返し伝えたことで、娘さんの不信感が軽減していったのだ。一時は「仕方なく預ける」とまで言っていた娘さんも、安心してショートステイに任せられるようになり、ケアチーム全体に笑顔が戻ってきた。
その年の夏になると、Yさんの全身状態は徐々に悪化。しばしば発熱するようになり入退院を繰り返した。2021年12月、いよいよ在宅療養が難しくなり介護施設に入所、最期は娘さんに見守られて静かに息を引き取った。

振り返り:冷静な視点と「利用者ファースト」のスタンスが奏功
このケースは、皮膚トラブルという一つの事象が、利用者・家族・多職種の連鎖的な不安と不信を引き起こすことを示している。それを解決するために小野田看護師は問題の構造を俯瞰し、関わるすべての人たちの悩みや困りごとを丁寧に拾い上げ、戦略的に舵取りを行った。その結果、利用者の苦痛が緩和されただけでなく、家族の介護負担が軽減し、さらにはお互いの信頼が回復してチーム全体の再生につながった。小野田看護師は関係者のヒアリングにあたり、常に中立的な立場を保ち「共感はするが同意はしない」ことを意識した。そして実際に対策を進めるにあたっては、いろいろなメリット・デメリットを考慮しつつ、とにかく「Yさんファースト」という軸だけはブレないように考えたという。「利用者様をはじめ、みんなが幸せに、ということが信念です。自分の知識や経験だけでは乗り越えられないかもしれないと思う場面では社内の誰かに相談できる。利用者様にとって最善の方法を迷わず選択できるのは、そういう職場環境があるからこそだと思っています」(小野田看護師)。
まとめ
(この症例のポイント)
- トラブル発生時は、客観的な視点で問題の本質を見極めることから、解決の糸口が見える。問題を書き出して可視化し、ロジックツリーを用いることも有効。
- 利用者にとって最善のケアを見出すためには固定観念にとらわれないことが大切。利用者の特性を理解し、専門家としての知識と経験をもとに、あらゆる可能性を排除せずに考える。
- トラブル回避のためには利用者ファーストの意識と利用者・家族の納得が欠かせない。新たなアクションを起こす際にはメリット・デメリットを提示し、家族を含む利用者主体で意思決定支援を行う。
考察
医療職向け 症例からの学びポイントと解説
本症例は、一つの「臨床問題(皮膚トラブル)」が、利用者・家族のQOL低下と、多職種チームの「システム問題(信頼関係の崩壊)」という二つの危機に至った状況に対し、看護師が包括的なアセスメントと計画的な介入で双方を解決に導いた実践です。
1.「臨床問題」と「システム問題」の同時解決:看護師による包括的アセスメントと介入
本症例の核心は、看護師が目の前の皮膚トラブルを単なる創傷管理の問題としてではなく、チーム全体の機能不全を引き起こしているシステム問題の中核として捉えた点にあります。介入のプロセスは見事でした。まず、①在宅医からケアの主導権を得て、②臨床問題を「オイル療法」で劇的に改善させることで、専門職としての信頼と実績を確立しました。そして、③その成功体験を基盤に、多職種間の関係修復に乗り出しました。これは、臨床問題の解決を、より複雑なシステム問題解決のための「突破口」として活用する、高度な問題解決プロセスです。
2.既存の枠組みを超えるケアの探求:エビデンスに基づいた実践(EBP)の柔軟な応用
「オイル療法」について、消化器瘻孔からの排液による皮膚炎に対する標準的治療として、高いレベルのエビデンス(科学的根拠)が確立されているわけではありません。標準的にはストーマ装具や皮膚保護剤の使用が推奨されます。 しかし、本症例の看護師の対応は、EBP(Evidence-Based Practice)の本質を体現しています。EBPとは、①最善の科学的根拠、②自身の臨床経験と専門技能、そして③利用者の価値観や状況、という3つの要素を統合して最善のケアを判断するプロセスです。看護師は、標準的なケア(洗浄)が奏功しない現実に対し、おむつかぶれ等のケアで原理が確立されている「オイルによる保湿・撥水・低刺激での洗浄」という知識を応用しました。これは、既存の枠組みに囚われず、利用者の個別性を最優先し、利用可能なエビデンスを柔軟に解釈・応用した、創造的な問題解決の好例と言えます。
3.関係性修復における「リフレーミング」の技術
崩壊しかけたチームの信頼関係を再構築する上で、看護師が用いた「リフレーミング」の技術は特筆に値します。ショートステイ先での皮膚状態の改善という事実に対し、看護師は「私たちが確立したケアのおかげです」と伝えるのではなく、「ショートステイ先のみなさんが一生懸命ケアしてくれたおかげですね」と、その功績をショートステイ先に帰属させる言葉で娘様に伝えました。これは、事実の解釈の枠組み(フレーム)を意図的に変更することで、ネガティブな認識をポジティブなものへと転換させる、高度なコミュニケーション技術です。この一言が、チーム全体の再生に決定的な役割を果たしました。
※エピソードは実話に基づいていますが、個人情報やプライバシーに配慮して一部内容を変更している場合があります。
取材・文/金田亜喜子



