概要
自己流の酸素投与管理方法で生活する利用者様へ、人生観・死生観からアプローチして希望する生き方を支援をした事例。地域の高齢者のリーダー的存在で、「カラオケ喫茶の会」で歌うことを生きがいとしていた利用者様は、酸素投与が足りず低酸素による意識消失で救急搬送されたこともありました。その行動の根底にある人生観・死生観に寄り添うことから関係を構築し、希望通りの生き方を支援した訪問看護のケースです。
この記事で学べること・
本事例のポイント
- 死生観を知ることで「今」をどう生きたいかを明確にする対話術
- 利用者の意思を貫く生き方を応援し支援するスタンス
- 傾聴する姿勢で関わることで「語り」を引き出す方法
目次
介入事例
登場人物:ご利用者様・担当者
84歳男性。妻、長男との3人暮らし。長男家族は近隣に居住し介護にも協力する仲の良い家族関係。COPD※と間質性肺炎を抱えながら、高齢者のためのボランティア活動を行うなど、地域活動に尽力してきた。その功績が評価され、地元自治体より表彰を受けたこともある。趣味はカラオケ。
※COPD:慢性閉塞性肺疾患。慢性気管支炎や肺気腫の総称。タバコの煙などを長期間吸い込むことで気道や肺が炎症を起こし、進行すると呼吸が困難になる病気のこと。
看護師。訪問看護歴13年。慢性期病院1年と急性期病院12年の勤務ののち1年半専業主婦となり、その後、半年間応援看護師を務める。2024年、株式会社デザインケア入職。得意分野は救急とグリーフケア。人生を思いきり楽しみ、なによりも情熱を大切にすることがポリシー。
背景:救急搬送を繰り返すも、「地域への貢献を優先したい」想い
長年COPD(慢性閉塞性肺疾患)と間質性肺炎を患っていた加賀瀬さんは、在宅酸素療法を導入していた。しかし、本人には呼吸苦などの自覚症状があまりなく、低酸素状態に慣れてしまっていたこともあり、自己判断での酸素利用で外出し、趣味のカラオケも楽しんでいた。過去に外出先で低酸素による意識障害を起こして救急搬送されたことが2回あった。その後、2024年3月、体調不良により救急搬送され、肺炎・肺気腫・心不全・虚血性腸炎と診断される。入院加療とリハビリによりADLがある程度回復したことから、同年6月、在宅酸素療法の指示を受けて退院。このタイミングで、みんなのかかりつけ訪問看護ステーションが介入することになった。
加賀瀬さんの根底には「周囲の人を喜ばせるために努力を続けたい」という強い思いがあった。そのため、呼吸器疾患を抱えながらも、自らNPO法人を立ち上げ、独居の高齢者などを集めて「カラオケ喫茶の会」や体操教室を主催するなど、地域に貢献しつづけてきた。病気を抱えながらも外出が多かったのも頷ける。人柄としては穏やかで物腰が柔らかい一方、強い意志の持ち主でもあった。COPDによる身体能力の低下が見られたが、休憩や酸素流量の調節によってなんとか日常生活は自立していたため、加賀瀬さんとしては「まだ大丈夫」「もっと地域に貢献できるはず」との思いが強く、体調よりも社会活動の優先度が高い状態だった。

希望:「週5回はカラオケに行き、週2回は友達と喫茶をしたい」
介入当初から加賀瀬さんは「週5回はカラオケに行き、週2回は友達と喫茶をしたい」と話しており、自身が主催する「カラオケ喫茶の会」に参加することが生きがいになっていた。加賀瀬さんのスケジュールの中で最も多く予定されていたのがカラオケであったことに注目した山口看護師は、ある日、一緒にカラオケに同行することにした。するとそこには自ら集会所を借り、自らのテレビやマイク、カラオケ機材を持ち込み、歌詞カードを印刷して配布するなど、いきいきと活動する加賀瀬さんがいた。自分が歌って楽しむだけでなく参加者が楽しむために努力するその姿を見て、彼にとってカラオケ(歌うこと)は単なる娯楽ではなく、「生きていると実感すること」だと理解した。
もう一つ、地域で各種団体の代表を務めることが多かった加賀瀬さんには「自立した姿を保っていたい」という思いがあり、「見た目が悪い」との理由から、酸素ボンベを携帯して外出することに抵抗があった。歌う場合、本来は予備も含めボンベ2本を持参する方が安心なのだが、大きなボンベを2つ電動車椅子に積んでカラオケに行くことで、仲間に心配されるのを避けたかったのだ。また、山口看護師が死生観について加賀瀬さんと会話を重ねるうち、彼が自身の残された時間の大切さを強く意識していることも伝わってきた。「また外出先で倒れたりして家族を悲しませたくない」と思う反面、「死ぬまでカラオケを歌いたい」と希望し、最期は「ご先祖様のいる自宅で」迎えたいとも話していた。
ケア計画:見た目を気にせず、カラオケも楽しめる支援と指導
2024年6月の介入時、体調管理、療養指導、酸素療法指導のため、週1回30分、看護師が訪問することになった。医師から指示されていた酸素流量は安静時2リットル、労作時4リットル。自己流で酸素を使用してきた加賀瀬さんに対し、医師や家族は不安を抱いていたため、当初の看護師の主要な目的は酸素療法の正しい使用指導であった。しばらく様子を見たが、あまり変化が見られなかったため、山口看護師は加賀瀬さんとの信頼関係を築くことに重点を置き、より本人の価値観を尊重したケアを目指すことにした。医学的観点からは「カラオケで歌うのは禁止または制限」する選択肢もあったが、山口看護師は「最期の瞬間までカラオケを楽しむことができるように」という観点からサポート。さらに、外見を気にして大きな酸素ボンベを嫌がる本人に配慮し、小型ボンベと車椅子架台の導入を提案。その上で、本人と家族に対して「酸素をきちんと使えば好きなカラオケを長く続けられる」と伝えた。

経緯:カラオケに同行、対話を重ね、やがて酸素療法に前向きに
自覚症状が乏しかったことによる自己流酸素療法
介入初期、山口看護師は週1回の訪問時に加賀瀬さんの酸素療法の使用状況を確認した。医師の指示では安静時2リットル、労作時4リットルの酸素投与であったが、加賀瀬さんは1リットル程度で済ませたり、外出中でも0にセットしてしまうこともあった。SPO2(血中酸素飽和度)が80%台にまで落ちても自覚症状が乏しかったため、「電動車椅子に乗っているし、しんどくないから大丈夫」と語っていた。過去には意識を失って倒れ、救急搬送を2度も経験したこともあったのだが、地域活動のリーダーとしての責任を感じていた加賀瀬さんは、「(主催者なのに欠席して)みんなに迷惑をかけたくない」「外に出て活動したい」と、体調よりも社会活動への参加を優先していた。
山口看護師は「苦しくなくても、酸素が不足していることがある」と説明し、普段から測定したSPO2値と酸素投与量を記録しておくこと、外出時には SPO2モニターを持参すること、ボンベの残量を見て酸素投与量を調節するのではなく、SPO2値を基準に判断することなどを提案し、様子を見ることとした。
本人が大切にしていることを理解するため、カラオケに同行
そうした状況が2カ月ほど続き、山口看護師は、型通りに指導するだけでは本人に届かないと感じていた。加賀瀬さんが正しく酸素療養を行うようサポートするためには、もっと本人との信頼関係を深め、人柄や人生観を理解しなければならない。まず今の加賀瀬さんが最も大切にしていることを知りたいと思った山口看護師は、一度、加賀瀬さんの主催するカラオケ喫茶の会に同行してみることにした。彼のカレンダーの書き込みの中で、最も多く予定されているのが「カラオケ」だったからだ。いきなり看護師が「一緒に行きたい」と言っても、単なる指導目的だと思われ、断られてしまうかもしれない。そこで、「私もカラオケが好きなんですよ」との何気ない会話から話を進めたところ、自然な流れで同行させてもらうことができた。加賀瀬さんは開始30分前から会場へ行き、準備を整え、自ら作成したナンプレ(数独)や歌詞カードを配布した。参加者が集まりカラオケが始まると、曲のセットや司会進行を務め、冗談を交えながら場を盛り上げる。自分が歌うよりも、参加者が楽しむことを第一に考え、さまざまな努力を惜しまない。そんな加賀瀬さんの姿を目の当たりにした山口看護師は、歌うことだけでなく、みんなの役に立つ(=社会的役割を担う)ことも、彼の生きる力になっているのだと理解した。

「仏様に生かされている」
介入当初より、山口看護師はケアにあたり加賀瀬さんをよく理解するために、彼の人生観や死生観について知りたいと考えていた。 介入から約2カ月後のある日、「加賀瀬さんの人生観について教えてください」と話を切り出した。すると、加賀瀬さんは訪問のたびにさまざまなことを話してくれた。小学生の頃に両親が離婚し、その後父が子育てのために再婚したこと、育ててくれた義母や先祖への感謝の気持ち、そして幾度もの臨死体験など。その中で、加賀瀬さんは「僕は生かされている。何度も死にかけたけれど、仏様にまだもう少し生きろと言われている気がする。だから、みんなが喜んでくれることをしている」と語った。その言葉からは、彼が自分の残された時間の大切さを強く意識していることが伝わってきた。山口看護師は対話を重ね、「生かされている」という言葉をキーワードに加賀瀬さんの人生史に耳を傾けた。
小型ボンベ導入で「楽に歌える」ように
こうして加賀瀬さんとの信頼関係を深めていった山口看護師は、彼に「カラオケはやめなさい」とは絶対に言わなかった。そして、「適切な酸素投与をしながら、大好きなカラオケを楽しく続けてほしい」と伝え続けた。2024年9月ごろからは、家族の協力もあり、自宅では常時4リットルの酸素投与ができるようになっていたが、外出時は依然として十分な酸素投与ができないままだった。加賀瀬さんは「人に心配されるから(嫌だ)」といって予備の酸素ボンベを携帯しなかったからだ。ボンベが大きいせいもあると思った山口看護師は、目立たないサイズの酸素ボンベはないか、福祉用具業者に相談してみた。すると、半分の高さの小型ボンベと車椅子架台が利用できることがわかり、2024年10月より導入することになった。これにより見た目への抵抗感が和らぎ、加賀瀬さんは予備のボンベを携帯して外出するようになった。そのため、低酸素状態で無理にカラオケを歌うことが減り、本人も「酸素を使ったら楽に歌える」と話すなど、酸素療法を前向きに受け入れるようになった。ただ、この頃には常時5〜6リットルの酸素が必要なほど、かなり症状が悪化していた。 2024年12月、加賀瀬さんは体操教室へ出かける準備中に自宅で急変。搬送先の病院で息を引き取った。最期まで「歌いたい」「みんなの役に立ちたい」を全うした人生だった。

振り返り:対話を重ねて人生観や死生観を理解する
山口看護師は13年の訪問看護師経験を通し、利用者の人生に寄り添うため、利用者と会話することを大切にしてきた。会話することが、相手の人生観や死生観を読み取り、生きる希望を理解する手助けになるからだ。死生観を話題にするのは難しいこともあるが、加賀瀬さんの人柄もあり、日々の対話を通してできた信頼関係から知ることができた。そして、他人から見れば「たかがカラオケ」かもしれないが、加賀瀬さんにとって「カラオケは生きていることを実感すること」だと山口看護師は話す。介入の主目的は酸素療法の「指導」だったが、一方的に押し付ける指導ではなく、希望を叶えるための支援を実践したからこそ、最終的に加賀瀬さんが適切な酸素療法を受け入れるに至った。そして、彼女自身も生きがいの大切さを改めて実感することができた。
利用者様・ご家族の声
まとめ
(この症例のポイント)
- 利用者の死生観を知ることで、「今」をどう生きたいかを明確にする。死生観について語り合うことで、本人が残された時間をどれだけ意識しているかも分かる。
- 利用者の意思を貫く生き方を応援し、支援する。ケアにあたっては、本人が望む生き方を実現するためにはどうしたらいいか、という視点も必要。
- 利用者の「語り」を傾聴する姿勢で関わる。言葉の一つひとつに耳を傾け、その思いを受け入れることが大切。
考察
医療職向け 症例からの学びポイントと解説
本症例は、医学的に推奨されること(適切な酸素療法)と、ご利用者様が望む「その人らしい生き方」(社会的役割や趣味)とが一致しない状況で、看護師がその方の人生観や大切にしている想いに深く寄り添うことで、両者が納得できる道筋を見出した重要な実践です。この関わりは、一見すると危険に見える行動の背景にある、その方の心の内にいかに耳を傾け、支援に繋げていくかについて、私たちに大切な視点を与えてくれます。
1.ご本人の選択の背景にある「人生の物語」の理解
ご利用者様が医学的な指示とは異なる行動をとられる時、それは単に「指示を守らない」ということではありません。その行動は、「自分は大きな存在によって『生かされている』のだから、人々のために活動したい」「酸素ボンベで心配されたくない」という、その方の人生観や、社会の中で担ってきた役割に根差した「自分らしさ」の表明でした。専門職としてまず大切なのは、このような行動を問題として捉える前に、その背景にある「何のために生き、どのように人生を締めくくりたいか」という、その方の物語を深く理解しようと努めることです。この理解なくして、心からの信頼関係を築き、ご本人が納得できる選択を支援することはできません。
2.糸口としての「大切にしている信条」への敬意
ご利用者様の生き方の根幹に、長年大切にしてこられた信条や価値観がある場合、それはケアのとても大切な糸口となり得ます。本症例の看護師は、ご利用者様が大切にされている信条について敬意をもって尋ね、対話を始めました。これは、相手が大切にしている価値観の核心に寄り添う、重要な関わりです。このアプローチによって築かれた信頼関係が、最終的に医学的な提案を受け入れる土台となりました。ご利用者様が大切にされている信条を、ケアを阻む壁と捉えるのではなく、関係性を深めるための「共通の言葉」として大切にする視点が求められます。
3.一方的な「指導」ではなく、共に歩む「対話と協力」へ
当初の目標であった「正しい酸素療法の指導」は、ご利用者様が大切にしている想いと合わず、なかなか進みませんでした。そこで看護師は、目標を「ご利用者様が、その人らしく生きるために、安全な方法を一緒に探す」へと切り替えました。カラオケへの同行は、その活動がご本人にとって持つ「生きる意味」を理解するための大切な時間であり、小型ボンベの導入は、医学的な安全性とご本人の希望(見た目への配慮)を両立させるための「対話」の結果です。一方的に「こうするべきだ」と指導するのではなく、ご利用者様と協力しながら現実的な着地点を見出すこと。これこそが、その方の人生の主体性を支えるケアの本質と言えるでしょう。
※エピソードは実話に基づいていますが、個人情報やプライバシーに配慮して一部内容を変更している場合があります。
取材・文/金田亜喜子



