Recruit

最高のケアを
日本中に広めたい。
その実現のために、
僕らは何ができるのか?

吉村 元輝
みんなのかかりつけ 訪問看護ステーション
副ブロック長

2005年3月、名古屋医療センター附属名古屋看護助産学校卒。大学病院勤務時代に認定看護師資格を取得する。理想の訪問看護の在り方を模索する中でデザインケアと出会い、2018年4月に転職。すぐに緑事業所の立ち上げに関わり、2019年4月、同所所長に就任した。職場では頼れるリーダーとして、平日の夜には「非がん緩和ケア」を学ぶ大学院生として、休日には3人の子どもたちの良き父親として、日々奮闘する。2019年12月、名古屋地区で複数店舗を統括する副ブロック長へ。

大学病院のキャリアを捨てて、
自分のやりたい看護の道へ踏み出す

『あんた、看護師に向いとるがね』。高校時代、サッカー練習中の怪我で入院していた吉村は、ある看護師さんにこう告げられたと言う。「彼女がたまたま、僕と認知症の患者さんとのやりとりを見ていて、そう思われたらしいんです。自分が将来何になりたいかなんて、全く考えていませんでした。でも、その言葉は強く消えずに残っていて、俄然『看護という仕事』に興味が湧いてきたんです」。吉村は自分の想いに正直に、看護専門学校に進学し、その後愛知県下の大学病院に就職。まっすぐ看護の道を進んでいった。「大学病院では、がん患者様の緩和ケアチームに長く所属していました。仕事はとても充実していましたし、やりがいも感じていました。ただ、どうしても拭い去れない違和感があって…。それはある患者さんのご家族の一言で、明確になりました」。『これでやっと家に帰れますよ』。病院の一室で機械や病院職員に囲まれ、最後は住み慣れた家で、という希望も叶わず逝った旦那さんに向けた奥様の一言。この時吉村は、自分の行くべき道は在宅ケア、訪問看護しかないと確信したと言う。「そこから書籍や論文を調べたり、講演会に出かけたりと、自分の理想の訪問看護について真剣に考えはじめました」。そんな中、出会ったのがデザインケアの藤野だった。以前からその存在は知っていた。理想のケア、未来の日本の看護の在り方…、藤野との議論は刺激的だった。方向性もほぼ一緒だった。ただ、そのスケール感や実現へのリアリティは一歩も二歩も進んでいた。自分で始めるより、彼の元で一緒に挑戦した方が「自分のやりたい看護」は、きっと早く実現する。2018年、吉野は大学病院の職を辞し、デザインケアに転職した。

人生の最後に
あなたに出会えて良かった。
そう言っていただくために

「ここに来て驚いたのは、マネージャーも若手看護師も、みんながみんな、自分で考えて、自分で周りや利用者様に働きかけて行動しているところでした。『看護師の自立』はこれからの看護の進展には不可欠な要素だと思っていましたので、本当に感動しました」。吉村はさらに続ける。「大きな病院だと確固たる指示命令系統の元、決められた手順でケアを行うのが一般的です。でも仕事の目的を『人生の最後にあなたに出会えて良かった』、そう言っていただくと置いた時、何をすべきなのか?『望むケアが受けられない方を一人でもなくす』という事業ゴールを置いた時、自分たちは誰と手を組み、どんな方法で解決すればいいのか?一度、今までの常識やフレームを外して考えていく必要があります。いいルールは、自分たちでつくっちゃえ!の精神ですね(笑)。そのためには、もっともっとケアの仕事やそのプロセスの質を上げ、地域在宅医療のインフラを整備していかなければなりません。壁は高いけど、どうせやるなら、仕事も人生も、前向きに目一杯楽しんで。デザインケアでならきっと実現できると信じています」。